今年も春が訪れて蝶たちがあちこちを元気に飛び回り始めていた頃、季節の移ろいに少しだけ遅れ、追いかけるようにして「ハイム蝶百科図鑑」が完成した。製作期間は非常に短期間であったにもかかわらず、二人の蝶博士(Mats 博士と Henk博士)の懸命の努力のおかげでゴールデンウィークに何とか間に合わせることができた。

その後、口コミその他で評判となったのか、タウンニュースに続き東京新聞からも取材を受け、神奈川版ではあるが3段抜きで掲載された。「ハイムのひろば」のいくつかの姉妹サイトの中でも、「蝶」という一種変わった課題に特化したものであったことに注目が集まったのかもしれないが、短期間でこれだけ話題になったのは驚いたとともに嬉しいことでもあった。

この図鑑の最大の特徴といえば、まさに「手造りである」ということであろう。掲載されている蝶の写真は、二人の博士が自ら野に出て山に登って撮影したものである。そして、その写真に添えられている解説の言葉は、印刷された図鑑や本から書き写したものではなく、今60歳台後半の齢となった博士たちが少年の頃から蓄積してきた知識によって書かれているものなのだ。

世の中に、図鑑というものはたくさんあると思うが、これほど手造り感のあるものはなかなかお目にかかれない。出版社が多くの取材費と時間をかけ、言わばベルトコンベア方式で大量生産したものとは全く異にしている。日本古来の伝統工芸の職人が代々伝えてきたような、そしてひとつひとつの作品に気持ちを込めて作り込む・・・そんな手造り感に満ちているのだ。

私自身は蝶に関する知識など全くないが、二人の博士と一緒にこの図鑑の制作に関わることになった。自分達の活動の中から生まれたこの「蝶百科図鑑」を自画自賛するつもりは決してない。そして、二人の博士も確かに自ら楽しみながら制作しているのも事実であろうが、ただ、単なる趣味だからということで時間を費やしている訳では決してない。そこには、ひとつの遠大な思いが詰まっているのだ。

それは、自分の周りにいる多くの子供たちへの思いなのだ。私たちの子供時代は、家の周りが野原だった。少し歩けば蝶々もトンボも取り放題だった。上品な服は着ていなくても、兄からのお下がりの少し黄ばんだランニングシャツとよれよれのズボンをはいていても、虫捕り網を片手に野原を駆けまわったあの解放感の記憶は決して消えはしない。

新聞記者のインタビューを受けた時、蝶博士たちは、質問にこう答えた。「子供と言うものは、自分たちがそうであったように、何故か昆虫に興味を持つものだ。夏休みの宿題に利用してくれるのもよし、将来、研究者になってくれるような人が出てくれればそれもよし」と。また、「あの蝶の羽根を見てください。美しいでしょ?こんな美しいものが自然界にはあるんです。それを知ってもらいたい」と。代わる代わる、とても控えめに、少しの驕りもなく答えた。

横で聞いていた私は、この二人の言葉の”やさしさ”にある種の感動を覚えた。こどもたちに伝えたいこと。それはきっと、自然に触れることを覚えて欲しい。どんなに文明が進んでも常にこの地球にある自然に触れることを忘れないで欲しいという願いなのだと。それを”蝶々”と言う美しい姿をしたものに幼い目をとめることで身に着けて欲しいと言っているように聞こえた。

自然に目を向けなさいと言っている意味は何か。私はこのように考える。こどもたちが大人になって社会に出たときに、誰でも複雑な人間関係に悩む時期がきっと来る。そんな時、自然に触れることを忘れていなければきっと心を癒すことが出来るはずだ。そして、そのことを知って初めて、自然と言うものが私たちにとってどんなに大切なものであるかを理解できる大人になれるのだ。

「ハイム蝶百科図鑑」を見て思ったことがある。こんなにもたくさんの蝶が近辺に生息しているということを知ったのはまさに驚きだった。新宿から30分ほどで来ることが出来るこのハイム周辺でなのだ。多摩川という大きな川がすぐそばにあることも大きいだろう。また、ハイム内の緑の環境が日々油断なく保たれていることも好影響をもたらしているだろう。

ただ、この環境は、「蝶の棲める良い環境」は、これからずっと守り続けて行かなければならない。蝶が棲めなくなれば花も咲かなくなる。蝶が棲んで、花が咲き乱れることのできるこの素晴らしい環境を守っていきたいと強く願っているのだ。あまり多くを語ろうとしない二人の博士は、その気持ちを、若い世代に、特に子供たちに伝えたいと思いながら、今日もまた一頭の蝶を見つめ追いかけている・・・。

(二人の博士との面談で。取材記者:八咫烏)

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